☆フリーメイソンとはなにか
週刊誌「エクスプレス」の最近号が、有名政治家の何人かに出した、フリーメイソンに関する質問の答えを掲載しています。その中でジャン=ピエール・ラファラン(元首相)とジャン=クロード・ゴーダン(現マルセイユ市長)の答えが、フリーメイソンとはなにかを正確に表していると思われますので、以下に訳出します。【質問】貴方にとってフリーメイソンとはなんですか。フランスの社会におけるその役割はなんですか。法律の作成と投票におけるその影響力はどんなものですか。【ラファラン】私にとってフリーメイソンとは、組織網である前に、思想団体です。フリーメイソンが展開する哲学的考察は、政教分離・博愛・ヒューマニズムのような価値を通して、社会に浸透しています。学校におけるイスラム教徒の女性の被るベールを禁止する法律の成立に際して、政教分離を守るため、私は2004年に上・下院のすべての党派のメイソンたちの、強力な支持を得ることが出来ました。【ゴーダン】それは哲学的思想団体であり、メンバーは自由・平等・博愛という共和国の原理に執心しています。私たちの国で重要な役割を果たした多くの政治家たちが、同胞に対する奉仕の行動を起こす上で、メイソンのヒューマニズムに着想を得ています。たとえば、宗教色のない義務教育制度を設立した、ジュール・フェリィがその例です。△それではラファランとゴーダンは、メイソンなのでしょうか。二人とも否定していますが、「エクスプレス」誌は、フリーメイソンは自分がメイソンでないと偽ることを、組織から許されている、と記しています。


☆もうひとりのバルバラを尋ねて
前に、シャンソン歌手故バルバラの足跡を尋ねてナント市をご案内しましたが、今度は詩人ジャック・プレヴェール(1900−1977)の有名な詩《バルバラ》の主人公の面影を、フランス北西端ブレスト市に求めました。ブレスト市は軍港・商業港として栄えている街ですが、第2次世界大戦中はナチス・ドイツの占領下で重要な戦略拠点となったため、連合国軍の爆撃を165回も受け壊滅状態となり、今日の街並みはすべて戦後の復興の中で建て直されたものです。「想い出すんだバルバラ」で始まるプレヴェールの詩は、戦前シャム通りで偶然すれ違った、恋人の腕の中で幸せに輝いていた若い女性バルバラに、戦争の愚かさを訴える反戦詩です。市の中心を貫くシャム通りに足を運んでみれば、土曜日とて巨大な市(いち)が立ち、大変な人混み。屈託なく笑う若い女性をここかしこに見出しながら、僕は戦後60年という時の移ろいを感じていました。


☆スカートをはけないマドモワゼルたち

僕が世の中に疎いことは、自分で承知していますが、最近フランスのテレビのドキュメンタリー番組
で見たフランスの世相には、さすがにビックリしました。昨今のフランスの女子高校生は、スカートを
はけなく(「はかなく」ではなく)なっている、というのです。フランスでは、女性が仕事の場でパンタロン
をはくようになったのは、70年代でした。こうしたフェミニズムの結果として、女子学生たちも男子と
同じくパンタロンを着用するようになったため、たまにスカートをはいて登校すると、男子生徒たちに
「尻軽娘」とからかわれるのだとのこと。ある高校では「スカートの日」を制定、マドモワゼルたちが心
配なく女の子らしい格好が出来るようにしたのでした。僕は以前から、「なぜフェミニズムは、女性
が男性と同等になることばかりを追求して、より女性的になることを主張しないのだろうか」と疑問に
思っていましたが、このスカートを巡る現状は、これまでのフェミニズムのパラドックスを示しているよう
です。[9月6日付]


☆劇映画《サガン》は凡作

フランスでは、実在した著名な人物を主役に据えた芝居や映画が、しばしば製作されます。
たとえば18世紀の啓蒙思想家ヴォルテールとルソーの対話を舞台化したものや、最近では
故ミッテラン大統領を描いた映画などがありました。しかしこのほど封切られた《サガン》は、4
年前に世を去ったフランソワーズ・サガンの伝記映画で、死後これほど早く映画化された例は
珍しいと思います(ディアヌ・キュリー監督作品、シルヴィー・テステュ主演)。18歳で『悲しみよ
こんにちわ』で一躍有名になって以来、賭博、自動車事故、アルコール、麻薬、レスビアンと
世間の好奇の目を引き続けた彼女の生涯が再現されていますが、ただ事実をなぞっただけで、
サガンがなぜそういう生き方をしたのかは、いささかも分って来ない、残念ながらこれは凡作でした。


☆フランスの労働大臣はフリーメイソン
最近ご紹介したフランスの週刊誌「ル・ポワン」に続いて、今度はライバル週刊誌「エクス・プ
レス」が、「フリーメイソンと権力」と題する特集記事を組みました。ここではサルコジ大統領下
の現労働大臣グザヴィエ・ベルトラン(42歳)や、現パリ市長のベルトラン・ドラノエがフリーメイ
ソンであることが、「スクープ」されています。しかしこの特集の中で、ベルトラン労働相自身がイ
ンタヴューに答えて「自分はメイソンである」と明言している通り、フリーメイソンはかつての秘密
結社としての性格を失いつつあるのが現状なのです。


☆2008年度仏レコード大賞発表

毎年3月に行なわれるレコード大賞の発表ですが、今年度の入賞者で日本でも多少とも名
前の知られているのは、ヴァネッサ・パラディ(最優秀女性歌手賞及び最優秀シャンソン・アル
バム賞)、エチエンヌ・ダオ(最優秀ポップス・アルバム賞)、ミシェル・ポルナレフ(最優秀コンサ
ート賞)くらいでしょうか。最注目の最優秀シャンソン賞は、新人クリストフ・ウィレムの歌う
《 Double Je(二重の私)》。マドンナを崇拝するというウィレムは、女性と錯覚してしまう裏声
で、ポップス調のこの曲を大ヒットさせました。今年気がついたのは、ラップが20年を経て完全
にフランスの音楽シーンに定着したことと、本年度の候補作品に英語で歌われているものが3
曲もあったことです。シャンソン界にも、グローバリゼーションは進行しているのでしょうか。なお
僕のお気に入りは、最優秀ワールド・ミュージック・アルバム賞を獲得した、ヤエル・ナイムの
《 New Soul 》。世界的にヒットしたそうなので、皆さんもご存知かも知れません。


☆サルコジ大統領、フリーメイソンの集会に出席

フランスの週刊誌『ル・ポワン』の最近号が、サルコジ大統領が5月か6月に、フランス最大の
フリーメイソン組織「グラン・オリアン(大いなる東方)」の集会に出席する、と報じています。
すでにこの欄でご紹介したとおり、サルコジの側近には、「グラン・オリアン」の元グランド・マス
ターが控えています。また一説には、フランスの国会議員の10人に1人はメイソンだと言われ
ていますが、大統領自身はフリーメイソンではありません。それでは、なぜサルコジはメイソンの
集会に出席するのでしょうか。サルコジが最近ローマを訪問した際、「フランスにはキリスト教が
根を下ろしている」と発言したことが、「グランド・オリアン」のメイソンたちを驚かせたのです。と言
うのも、一般的にフリーメイソンの諸流派は、特定の宗教には限定しないものの、「宇宙の偉
大なる建築家」と彼らが呼ぶ神の存在を認めていますが、「グランド・オリアン」は無神論なので
す。そこで「グランド・オリアン」のメイソンたちは、「フランスは政教分離のはずなのに、大統領の
発言は政治のカトリック化を準備するものではないのか」と心配したわけです。メイソンの代表
たちが大統領と官邸で会談、集会に公式に招待しました。当日はグランド・マスターの歓迎
の辞に続いて、サルコジが自ら選ぶテーマについて演説、そのあと質疑応答になるということです。


☆バルバラを尋ねて

10年前に世を去ったシャンソン歌手、バルバラの代表作のひとつに《ナント》があります。長年
行方不明であった父親が死の床にある、との知らせにナント市の「グランジュ・オー・ルー通り25
番地」に私は駆けつける...この歌が、バルバラ自身の重い人生を語ったものであることは、未完
の自伝で初めて明らかになったことでした。ナント市の中心から22番のバスに乗って20分もす
ると、林も見えるようになり、郊外との境界に近いリノ停留所に着きます。ここで降りると1本手
前が、並木のある「グランジュ・オー・ルー通り」です。中流階級の一軒家が立ち並ぶ中、落葉
を踏みながら歩いて行くと、左側の9番地と11番地の間に「バルバラ通り」と名付けられた道が
あり、細いシルエットで舞台に立つ、バルバラの小像が置かれています。なお歩みを進めると、
21番地から急にアパート群になり、その中でもひと際大きい建物が25番地です。どちらかと言
うと無愛想な、庶民のための公共アパート。25番地の目の前が、次のバス停留所ポルトリック
になります。インターフォン形式になっているので、建物の中には入れませんでした。バルバラが
訪れた時と、同じ建物なのかどうかも、分かりません。しかしバルバラは、確かにここに来たのです。
十歳から五年間、近親相姦の関係にあった父親が、死ぬ前に一目会いたいと連絡があり、駆
けつけた時は既に遅く、前の晩に父親は世を去っていた...僕が訪れた日はあいにく雨でしたが、
「ナントに雨が降る」の歌詞で始まるこの歌に、いっそ相応しいのでした。


☆稀に見るユニークさのナント国立文化会館

フランスの北西部にあるナント市の国立文化会館は、そのユニークさで評判になっていますが、
この眼でそれを確かめることが出来ました。文化会館の名前自体が、「ユニークな場所(le lieu
unique )」と言うのです。建物は、有名なビスケット製造会社「LU」の旧工場を改造したもの。
入口を入ると、そこがカフェの一角になっているのに、まず驚かされます。カフェの隅にはアップライト
のピアノが置いてあり、母親に連れられた子供が、下手なピアノを弾いています。隣のスペースは
本屋ですが、本は机の上に平積みして表紙が見易いようにしてあり、本の内容を紹介した手書
きのメモが、クリップで留めてあったりします。1階の奥は広い展示会場で、無料で展覧会が見れ
ます。芝居や舞踊やコンサートは、さらにその奥の専用ホールで開かれ、有料です。託児所も完
備していますし、展望台まであります。しかし一番ビックリするのは、なんとトルコ風の蒸し風呂が
あることで、女性に人気があるようです。要するにここは、市民が気楽に出入り出来る空間であり、
そうした寛いだ雰囲気の中で、絵を見たり、本を買ったり、芝居を楽しんだりする総合施設なので
す。パリから2時間、ナント駅を降りると目の前にありますから、一度訪れられたら如何でしょうか。


☆笑いと涙の《オスカールとローズおばさん》

エリック=エマニュエル・シミット作の芝居を、モンパルナス劇場で観て来ました。2003年に、オー
ルド・ファンには懐かしいダニエル・ダリューが初演して大評判を取った独り芝居を、今回は文学
派女優アニー・デュプレイが演じています。児童病院に入院している10歳の男の子オスカールは、
不機嫌です。白血病で余命いくばくも無く、両親ともコミュニケーションが成り立たないからです。
オスカールが1人だけ心を打ち明けられるのは、ボランティアで子供たちの相手をしに来る、ローズ
おばさん。おばさんはオスカールに、神様に手紙を書くこと、1日を10年と想って生きることを勧め
ます。芝居は、オスカールが毎日の出来事を神様に手紙で報告する、という形を取って進行しま
す。茶目っ気に溢れたオスカールの言動が笑いを誘い、思慮深いローズおばさんの言葉が心に
響くうちに、オスカールは「110歳」の人生を生き切って死んで行きます。舞台はローズおばさんが
神様に書く手紙で、幕を閉じます。「神様、オスカールとの出会いを与えて下さって有難う。あの
子のお蔭で、私は笑い、喜びを知ることが出来ました。あの子のお蔭で、あなたを信じることが出
来るようになりました。」


☆郷土色豊かな「ロリアン国際ケルト音楽祭」

フランスのブルターニュ半島にある港町、ロリアン市で毎夏行なわれている、国際ケルト音楽祭を
覗いて来ました。今年で37回目を迎えたこの音楽祭は、10日間で60万人を集めました。ケル
トは現在、ブルターニュ、アイルランド、英国のウェールズ、スコットランドなどに残っている文化圏で
すが、音楽にも共通の要素があります。バグパイプなどによる郷土色豊かな伝統音楽と、伝統を
踏まえた新しいフォーク・ミュージックを堪能して来ました。フランスでは、米国のジョーン・バエズや
ボブ・ディランによるフォーク・ソングの影響を受け、70年代からケルト伝統音楽に根差した新フォ
ーク音楽が起こり、今日の隆盛を招きました。同じ頃の日本のフォークは、「フォーク」と言いながら、
民謡に素材を求めなかったのが惜しまれます。日本の民謡は、それ自体が音楽の宝庫であるば
かりでなく、新しい時代の音楽を産み出し得る、母体でもあるからです。「伝統」の深い意味が、
そこにあります。


☆心が洗われる『素手の太平洋』(モー・フォントノワ著)

新刊ではありませんが、最近読んで深く感動した一冊の本をご紹介します(" Le Pacifique a
mains nues " par Maud Fontenoy. Robert Laffont, 2005)。著者は2005年に73日間を
かけて、南米ペルーからマルキーズ諸島(ポリネシア)までの8000kmを、独りオールを漕いで渡っ
た28歳(当時)の女性です。荒れ狂う海、灼熱の太陽。大自然の力を前に謙虚になると共に、
それを乗り越える精神力を、彼女は身につけて行きます。どんなに辛くても、オールのこの一漕ぎ
が、自分を確実に目的地に近付けるのだという、深い確信を持っているのです。水平線の日没と
満天の星空。イルカと戯れ、鯨と畏敬の対面をしながら、それらの体験を誰とも分かち合えない、
果てしない海の中の孤独。なぜ、そんな苦しみを選ぶのか。「毎日進んで行く力を自分自身の
中に汲み出し、たとえうまく行かなくとも、自分以外のせいにしないため」と彼女は答えます。海で
も陸でも、僕たちが日頃どんなに素晴らしいことに気が付かないで過ごしているか、人間はどんな
にささやかなことで、心から幸せになれるかを教えてくれる珠玉の一冊です。


☆一生に一度、バーブラ・ストレイザンド

バーブラ・ストレイザンドが、なんとフランスで初めての、それも1回限りの公演をパリのベルシー競
技場で行ないました。入場料は未曾有の高値となりましたが、本国アメリカでも滅多に生で聴
けない、現存の最高の歌手の一人とあって、二度とこんな高い切符を買うことはないと思いなが
ら、馳せ参じました。録音で聴いている彼女の声より、少しハスキーでしたが、バーブラという人は、
空間を自分の声で切り取る天才だということが、ライヴであるだけに良く分かりました。そして、あの
高音域の、鋼のような声で迫って来る魂の叫びは、正に圧倒的です。このアーティストのいる場所
と同じ所にいられる幸せを感じた、2時間余りでした。



☆ジョゼフィン・ベーカーのレヴューを再現
昨年は、「黒いヴィーナス」と呼ばれたジョゼフィン・ベーカーの生誕100周年。彼女が君臨した
「黒人レヴュー」を再現した、「ジョゼフィンを探し求めて〜ニューオリンズよ永遠に」が大評判にな
っています(6月9日まで。オペラ・コミック座)。パリの興業師が、「黒人レヴュー」をリヴァイヴァル
するため、ハリケーン「カトリーナ」で壊滅したニューオリンズへ、出演者をスカウトにやって来ます。
ニューオリンズは、かつてフランスが統治していた町で、フランスの「オルレアン(英語ではオリンズ)市」
からその名前を取っているのです。ここで雇ったアーティストたちが出演する、という筋立てなので、
第1部はニューオリンズに起源を発するジャズの歴史、第2部がベーカーのレヴュー、という構成にな
っています。フランスでは珍しい古風なジャズを沢山聴けたのは楽しかったし、ベーカーの伝説的な
《二つの愛》や《可愛いトンキン娘》などを、レヴューの形で見れたのは収穫でした。ジョゼフィンは
対独レジスタンスの闘士であり、様々な国籍の混血孤児を養子にして人類愛を謳った、フリーメ
イソンでもありました(拙著「フリーメイソンと大音楽家たち」参照)。


☆フリーメイソンと仏大統領選挙
フランスの代表的な週刊誌のひとつ『ル・ポワン』の最近号が、大統領選の二大有力候補、
ニコラ・サルコズィ(国民運動連合)とセゴレーヌ・ロワイヤル(社会党)の側近に、フリーメイソ
ンが控えていることを取り上げています。サルコズィ内務大臣が2003年に犯罪監視所指導
委員会の長に任命したアラン・バウエルは、フランス最大のメイソン組織「グラン・オリアン(大
いなる東方)」の元グランド・マスターで、犯罪問題の専門家として内務相を助けて来た人
物。一方ロワイヤルの選挙対策共同委員長フランソワ・ルブサマンも、「グラン・オリアン」の
メンバーです。議員の中にもフリーメイソンが少なくないフランスですが、保守と革新の両候
補にフリーメイソンの補佐がいることからも分かる通り、政治信条はまちまちなのです。ただ、
極右ル・ペン候補の国民戦線に属する人間は、メイソンとして認められない規則があります。
かつては時代を先導する思想を次々に打ち出して来たフリーメイソンも、今日では現実に
大きな影響力を持ち得ない、というのが『ル・ポワン』誌の結論です。



☆《ラ・マルセイエーズ》、論争ふたたび
近づくフランス大統領選挙の社会党候補セゴレーヌ・ロワイヤルが、選挙集会の終わりにフラン
ス国歌《ラ・マルセイエーズ》を歌うことを強制し、物議を醸しました。と言うのも、もともとはフラン
ス革命の中から生まれたこの歌が、19世紀末に国歌として定着すると、体制側に属する歌と
して左翼陣営は敬遠して来たからです。社会党は前回の大統領選挙で、極右政党・国民
戦線にさえ敗北を喫しており、今回はなんとか保守層の票の獲得に努めようとしたものに違い
ありません。これに対して、革命共産主義同盟のオリヴィエ・ブザンスノ候補や、労働者闘争の
アルレット・ラギエ候補は、「我々には《インターナショナル》しかない」と反発、また国民戦線のル・
ペン候補は、「私が正しかったことを認めるもので、非常に満足」とコメントしました。選挙の折りに
国歌が論議の的になるのは、日本だけではないのです。



☆八十歳のジュリエット・グレコを聴く
かつてのサン=ジェルマン=デ=プレの実存主義者たちのミューズも、今年で八十歳。
パリのシャトレ劇場でのリサイタルを聴きに行きました。今回はアコーデオンと、夫君の
作曲家・ピアニストの二人だけの伴奏で、彼女のおなじみのレパートリーと、最新CD収
録曲(レオ・フェレの《時の流れに》など、シャンソンのスタンダードを集めた)を加えて歌
いました。グレコのアクの強い語り調の歌は、メロディー・ラインを見えなくしてしまう嫌い
があるのですが、舞台では他人に真似の出来ないあの手振りも加わって、実に見事な
演劇的効果を生み出します。グレコは、ライブで聴いた方が良いのです。それにしても、
八十歳にしてあの《私の服を脱がせて(Deshabillez-moi) 》を歌い、聴衆の熱狂的な喝
采を惹き起こしてしまうのですから凄い!アンコールの最後は、《桜んぼの実る頃》でし
た。グレコは数年前に、舞台で倒れたこともあります。今のうちに聴いておきたいもので
す。


☆仏レコード大賞発表

毎年恒例の仏レコード大賞が、3月10日発表されました。様々な部門に分かれてい
ますが、一般投票で選ばれる「最優秀シャンソン」は、べナバール(Benabar)自作自
演の《ディナー(Le Diner)》でした。ここ数年来シャンソンは、日常生活の場面をさり
げなく切り取った内容が流行っています。「最優秀男性歌手」にも選ばれたべナバー
ルの《ディナー》は、妻の友達にディナーに招かれている夫が、「今夜は気乗りがしな
いから、ディナーはなにか口実を見つけて断り、宅配ピザを注文して、テレビで映画を
観て過ごそうよ」と、陽気に妻を口説きます。また新人アーティスト、グラン・コール・マ
ラード(Grand Corps Malade)がやはり二部門に輝いたことで、アメリカ生まれの「スラ
ム」(楽器の伴奏で、詩を暗誦する形式)が市民権を得たことが確認されました。それ
にしても、今年ノミネートされたアーティストたちは、恐らく誰一人として日本では知られ
ていない人たちで、シャンソン界も着実に世代交代が進んでいます。そんな中で、ジュ
リエット・グレコに「名誉大賞」が与えられ、若い歌手たちがグレコのレパートリーを歌っ
たシーンは、世代交代が「断絶」ではなく、「継続」であることを感じさせるものでした。
グレコの受賞の言葉が素適。「こんな時にぴったりの、愛に満ちた言葉がフランス語に
はあるのよ、『メルシ(Merci、有難う)』。」


☆甦ったエディット・ピアフ
劇映画《ラ・モーム(娘ッ子)》(オリヴィエ・ダアン監督作品)が公開され、評判になり
ました。「ラ・モーム」とは、シャンソンの女王エディット・ピアフ(1915−1963)が、
本名の「エディット」を名乗る前の芸名で、これはピアフの波瀾万丈の生涯を描いた
伝記映画なのです。若い頃と晩年の場面が絶えず交代するので、ピアフの生き方を
知らない人には、ちょっと分かり難いかも知れませんが、筋はおおむね事実に沿って
おり、少女時代のエディットが、街角でフランス国歌《ラ・マルセイエーズ》を歌って大
喝采を浴びることで歌手の道を歩み始める、というエピソードも出て来ます。この映画
で目を奪われるのは、主役マリオン・コティラールの迫真の演技。メイク・アップで似せ
た顔よりも、とにかくその話し方や身振りが、ドキュメント映像で見るピアフに驚くほど
そっくりで、もしかしたらこれは本物のエディット・ピアフではないのか、と理不尽な思い
が頭をよぎるほどです。


☆イヴ・クラン---画家・柔道家・薔薇十字団員、そして作曲家
開館30周年を迎えたポンピドゥー・センターで、フランスの画家イヴ・クラン(1928-
1962)の大規模な展覧会が開かれました。深いブルー一色に塗られたモノクローム
の絵は、誰でもきっと見覚えがあるはずです。秘密結社・薔薇十字同志会(拙著「フ
リーメイソンと大音楽家たち」、P.22、334、364参照)の団員でもあったクランの芸術
(クランが基本色とした青色、薔薇色、金色は、薔薇十字同志会を創立したマックス
・ハインデが結社の象徴とした色でもある)は、「存在(ある)」と「非存在(ない)」の
境界を巡るものでしたが、今回の展覧会には、クランが作曲した《交響曲「単音−
沈黙」》(1947-1961)の楽譜が展示されていました。これは3本のフルート、3本の
オーボエ、3本のホルン、20人の混声合唱、10本のヴァイオリン(5部に分割)、10
本のチェロ(同)、3本のコントラバスのための作品で、ニ長調の主和音(D−F#-A)
が5分または7分間ずっと鳴らされ、その後44秒間の沈黙が続くものです。これは
そのまま、クランのモノクロームの絵画と白いキャンバスに対応します。「色即是空」
という言葉が想い起こされますが、クランは24歳の時に一年間、日本で柔道の修業
(黒帯)をしているのです。全裸の女性の身体にブルーの絵具を塗り、キャンバスに
体を押し付けて跡を留める、あの有名な「パフォーマンス」の折にも、こうしたクランの
音楽が演奏されたのでした。


☆太陽劇団の新作は芸術の極致
アリアーヌ・ムヌーシキン率いる、太陽劇団の新作は《儚きもの》。2部構成の第1部
だけ(と言っても3時間掛かる)を、まず観て来ました。このために特別に作られた劇
場空間は、細長い舞台を、前後の階段席から挟んで観るので、反対側に座っている
観客も視野に入ることになります。舞台では上手から、下手から、次々と車輪付の荷
台に載せられた舞台装置の中で、様々な人間の日常生活の断片が繰り広げられて
行きます。差押え、離婚...どこにでもある平凡な愛憎劇ですが、それを通して感じ
られて来るのは、この愚かな「人間」という存在に寄せるムヌーシキンの暖かい眼差し
と、すべては儚いものに過ぎない、という認識です。 舞台上の俳優たちが、反対側に
座っている観客の姿とダブり、僕たち自身も畢竟同じ「人間」であると気付かされるの
です。いわゆるドラマチックな展開をせず、静かに、深く感動させられる、最高の芝居
体験でした。




パリのニュース

更新:2008.10.12

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